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2019年10月04日
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徳川家康の死因に迫る

浜松といえば徳川家康ですが、その死因をご存知でしょうか?

家康の死因には、3つの説があります。

長寿だった家康は、なぜ亡くなったのか?

徳川家康の死因について、いくつかの説があるのをご存知でしょうか?

享年75歳といいますから、人生50年と言われていた当時としては、

かなりの長寿だったのですね?

 

家康の死因として語られている最も有名な説は、揚げ物(天ぷら)を食べ過ぎたことと

言われています。

この時代、天ぷらは高級料理でした。家康は高齢になっても油ものを好んだことでも

知られています。

 

そのため鯛の天ぷらを食べた家康が食中毒を起こして亡くなったと言う説が有名です。

しかし、この説は信憑性が低いと言われています。その理由として、記述によれば

家康が天ぷらを食べたのは、亡くなる3カ月も前だったことから、食中毒としては

時間がかかり過ぎており、死因は天ぷらによる食中毒とは考えにくいというのです。

 

次の説は、実は家康は関ヶ原で死んでいたという説です。

関ヶ原の戦いで本物の家康は戦死しており、その後は影武者がこの大役を

担っていたというのです。

 

戦が終わり家康をどうしても生かしておきたい理由がなくなったことから、

影武者を毒殺したとされています。

 

この説も現在では、否定されています。

影武者が殺されたという説も、入れ替わった時期や入れ替わりを示す証拠などが

一切見つかっておらず、歴史的事実として確認できないからだそうです。

 

最後に家康の死因として、最も有力な説をご紹介します。

それは、「胃がん」説です。

 

なぜこの説が最有力かと言いますと、家康の病状が江戸幕府が編さんした家康から

10代までの治績が記述されている「徳川実記」という書物に載っているからです。

 

それによると、家康の病状は、どんどん痩せていき、吐血、黒色便がみられ

お腹に手で触って確認できるほどの大きなしこりがあるという記述があります。

 

この症状は、胃がん患者に多くみられる症状だということから、家康の死因は

胃がんだったのではないかと現在では考えられています。

 

私は、影武者説が本当だったら、おもしろいと思いますね。

証拠がないというのは、影武者の存在を絶対に知られてはいけない訳ですから

仕方ないだろうと、、。

 

関ヶ原の戦いの時、家康は58歳でした。

そこで戦死してしまい、影武者と入れ替わり、家康の影武者が天寿を全うし75歳で

胃がんで亡くなったというのは、どうでしょう?(笑)

 

以上、歴史マガジンの記事より一部抜粋しました。

 

この記事を書いた人
澤木 規行 サワキ ノリユキ
澤木 規行
三方不動産㈱の澤木です。 社長一人の小さな不動産会社ですが、不動産業に携わって33年間の経験と知識を生かして、皆様のお役に立てるように頑張ります。 「三方不動産に依頼して良かった!」と思ってもらえる仕事を積み重ねて行きます。 不動産の売却や土地活用でお悩みの方は、ぜひ一度お問い合わせください! また、不動産を購入しようかどうか迷っている方、 ポータルサイトや他社サイトでも気になる物件がございましたら、お気軽に ご相談ください。

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