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2021年09月03日
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姫街道の由来は?

姫街道という名前がついた諸説について

かつては象も通った姫街道

浜松には、通称「姫街道」と呼ばれている道路があります。

姫街道とは、浜名湖の北側、本坂峠を経由して静岡県磐田市見付町(東海道見附宿)と

愛知県豊川市御油町(東海道御油宿)を結ぶ街道です。

道程は約60キロメートルです。

 

江戸時代までこの街道は、「本坂通(ほんざかどおり)」と呼ばれていて、

「姫街道」と言われるようになったのは、幕末の頃かららしいですね?

 

江戸時代後期になり、幕藩体制が衰えてお蔭参りなどの機会に女性が比較的監視の緩い

脇道を通り抜ける機会が増えた頃から、本坂道は姫街道と呼ばれるようになった

ようです。

 

では、なぜ「姫街道」と呼ばれるようになったのでしょうか?

これもまた諸説あります。

 

1.女性たちが取調べの厳しい、また危険な渡船もある今切関所を避けて本坂道を

  選び多く通行したからという説。

 

2.今切という言葉が縁切れに通じる不吉な響きがあるからという説

 

3.東海道のメイン街道に比べて「ひなびた」「ひねた」街道だということから

  「ひねたかいどう」→ 「ひねかいどう」→ 「ひめかいどう」となった?


4.東海道を男性に、脇街道を女性に見立てて、「姫」としたという説


お姫様が通ったから「姫街道」だと思っていた人は、「ひなびた街道」がもじって

姫街道になったのが真実だったら、なんか複雑な気持ちになりますねー?(笑)

 

この街道は主要な道だけあり、過去にいろいろな人も通っています。

徳川家康はじめ秀忠、家光の将軍。また、享保年間に8代吉宗に献上されたベトナムか

らやってきた象も通りました。

 

引佐峠への急坂に「象鳴き坂」の名が残るのもそのためだそうです。

また、吉宗の生母である浄円院や天彰院篤姫など、姫街道の名にふさわしい人たちも

通りました。
 

私もよく通る「姫街道」ですが、時には、立ち止まって往時を振り返って

みるのもいいかもしれませんね。

この記事を書いた人
澤木 規行 サワキ ノリユキ
澤木 規行
三方不動産㈱の澤木です。 社長一人の小さな不動産会社ですが、不動産業に携わって33年間の経験と知識を生かして、皆様のお役に立てるように頑張ります。 「三方不動産に依頼して良かった!」と思ってもらえる仕事を積み重ねて行きます。 不動産の売却や土地活用でお悩みの方は、ぜひ一度お問い合わせください! また、不動産を購入しようかどうか迷っている方、 ポータルサイトや他社サイトでも気になる物件がございましたら、お気軽に ご相談ください。

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